名古屋市守山区に廿軒家(にじっけんや)という地名があります。他ではあまり見ない不思議な地名です。この由来は何なのか?調べてみると江戸時代にさかのぼることがわかりました。
開拓者たち
これは廿軒家神明社の由緒が書いてある石板。以下のような記述があります。
文章廿軒家は徳川家康公の重臣 尾州義直卿の附家老 犬山城主成瀬隼人正正成が当地区に支配下の武家屋敷二十軒を建築させ、地域の開発と管理に当たらせたことに由来する。当時の武家等は元和元年(1615)所領山林内の一部に産土神として当神明社を創建し、常に尊崇信仰したとの言い伝えである。
ここに書いてある成瀬隼人正正成(なるせ はやとのしょう まさなり)とは、尾張藩の重臣で犬山城主。正成は徳川家康の側近で信頼も厚く、初代尾張藩主・徳川義直の傅役(もりやく:教育係)・付家老に任命された人物です。
地形も興味深い

守山区廿軒家の地形もポイントだと思います。南に向かってガクンと下がっています。これをカシミール3D スーパー地形で見ると以下のようになりました。

守山区廿軒家のほとんどの場所が台地の上にあり、南側は台地の下です。私の仮説ですが、成瀬家の家臣たちの20軒の屋敷は崖の上、つまり台地の上にあったと思います。その理由は台地の上なら水害にも遭いにくいからです。
私の感想
廿軒家神明社の社紋は成瀬家の家紋と同じ丸に片喰紋でした。調査の結果、廿軒家→20軒家という意味でした。私の感想ですが、地名が面白いなと思いましたが、実際に現地に行ってみると水害に遭わないくらいの高低差を感じることができ、台地の上に屋敷があったということにも気付いたので、やはり現地も大事だなと思います。