名古屋城本丸表二之門の田中ちくこ守石とは田中吉政だった!どんな人物?

名古屋城の本丸表二之門を入った枡形の石垣に田中ちくこ守石と刻まれた石があります。この石の意味は人物のことで、この場所の工事を行った田中筑後守吉政(たなか ちくごのかみ よしまさ)の石だよという意味です。

どんな人物?

田中吉政は近江国(おうみのくに:滋賀県)の出身で、羽柴秀吉に仕え各地を転戦し、岡崎城主になった人物です。慶長五年(1600)関ケ原の戦いには岡崎城主として参戦し、戦後に筑後国柳川(福岡県柳川市)32万石を与えられ国持大名になりました。

さて、そんな田中吉政の石像がなぜ愛知県岡崎城にあるのかという理由ですが、岡崎城主として現在の岡崎の町割りを作ったり、領民に喜ばれる政治を行いましたが、一番特徴的なものは岡崎城を取り囲む二十七曲がりを作ったことでしょう。

曲がりまくった東海道

これは岡崎城近くにある東海道を示した地図。これを見ると黄色のラインが東海道を示しており、岡崎城の北側をぐるりと取り囲む様に通っていることがわかります。

なぜこんなに道を曲げまくったのか?その理由は主に軍事上の理由があるといわれています。敵が攻め込んできた時、側面攻撃をしやすくするために道を曲げたといいますが、ちょっと異常なくらい曲がりが多く、江戸時代中期には岡崎の観光名所になっていたそうです。

田中吉政は滋賀県や福岡県で有名な武将ですが、徳川家康生誕地の岡崎城の城主にもなった人物なので、名古屋城築城とともに愛知県にも縁がある戦国大名といえるでしょう。

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