萱津街道東宿とは、かつての鎌倉街道の宿場のひとつで現在の名古屋市中村区にありました。
萱津の東宿跡
この地は萱津の東宿といわれ、庄内川をはさみ萱津宿の出郷として、京より美濃を経て鎌倉街道に赴く交通の要衝であった。
また盛んに市の立ったところで、鎌倉時代の紀行文『東関紀行』に、「萱津の東宿の前をすぐれば、そこらの人あつまりて、里もひびくばかりにののしりあへり。今日は、市の日になむとぞいふなる」と当時の賑わいを記している。
名古屋市教育委員会
秀吉の生誕地は裕福な村?
令和八年(2026)のNHK大河ドラマ・豊臣兄弟にも出た豊臣秀吉と秀長は、尾張中村(名古屋市中村区の中村公園周辺)が生誕地といわれています。通説では貧しい農民の子といわれていましたが、萱津東宿はすぐ側です。街道を行き交う人々相手に商売するなら、村も潤っていたと思います。
宿場の名残
現在、宿場の遺構などはありませんがかつての旧地名(字名)が残っています。
町名は、中世鎌倉街道萱津宿の東宿跡(庄内川以東)に当たることに由来する萱津宿の東宿は、平安時代から市が立ち人々の往来でにぎわっていたとされる(中村区誌)
また東宿は平安から室町時代にかけての遺跡でもあり、須恵器(すえき)、古瀬戸片などが多く出土している。(なごやの町名 より)
信号名だけではなく公園の名前にもなっています。
こちらはお隣の宿跡町です。これも鎌倉街道の宿場跡が地名の由来になっています。
悲しい史跡も
かつての鎌倉街道沿いの墓地に姫塚という墓があります。言い伝えによると、この姫塚は鎌倉街道萱津東宿で働いていた遊女たちの墓だとか。現に江戸時代の東海道御油宿、赤坂宿(豊川市)などでは、売られてきた少女たちが亡くなった話もあります。宿場は色町ではありませんが、過酷な環境で女性たちが働いていた現場でもあるのです。
現在の鎌倉街道は?
かつての鎌倉街道は整備されており、面影も残っていません。街道跡を歩いていくと庄内川の堤防に突き当たり、現在のあま市下萱津に出ます。
私の感想ですが、地名や説明看板で鎌倉街道の宿場跡を偲ぶことができる珍しいスポットだと思います。豊臣秀吉や秀長の生誕地といわれる中村公園とセットで訪れるのがオススメです。